今読むとなんとなく情景が見えてくるから不思議。
没後30年も経ってないから著作権にびくびくしつつ。
雪がしんしんと降っている
町の魚屋に赤い魚青い魚が美しい
町には人通りもすくなく
鶏もなかない 犬も吠えない
暗いので電灯をともしている郵便局に
電信機の音だけがする
雪がしんしんと降っている
雪の日はいつのまにか
どこからともなく暮れる
こんな日 山の獣や鳥たちは
どうしているだろう
あのやさしくて臆病な鹿は
どうしているだろう
鹿はあたたかい春の日ざしと
若草を慕っている
いのししはこんな日の夜には
雪の深い山奥から雪の少い里近くまで
餌をさがしに出て来るかも知れない
お寺の柱に大きな穴をあけた啄木鳥(きつつき)は
どうしているだろう
みんな寒いだろう
すっかり暮れたのに
雪がしんしんと降っている
夕餉(ゆうげ)の仕度(したく)の汁の匂いがする
(田中冬二「雪の日」詩集『春愁』より)